No.28

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう

〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。

〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2020年11月15日  聖霊降臨後第24主日

マタイ福音書25章14~30節 「 生き尽くす 」 吉田達臣

25:14「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。15 それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、16 五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。17 同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。18 しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。19 さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。20 まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』21 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』22 次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』23 主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』24 ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、25 恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠して/おきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』26 主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。27 それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。28 さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。29 だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。30 この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」

 

今年5月一月礼拝を休んで、6月から礼拝を再開しましたけど、再開した最初の礼拝の時、とても緊張したのを覚えています。再開一週目だけではなくて、2,3週緊張していました。3年半前に、この教会の牧師になって、この教会で初めて礼拝した時はもっと緊張しました。数か月はずっと緊張していました。緊張って、決して心地の良い感情ではないのですが、緊張感を持ってないと出せない力があり、緊張感を持った時にしか起こらない充実感のようなものがあります。緊張はしたくないですけど、緊張感は大切なものです。
今日の福音書の話は、マタイ25章、26章からすでに十字架の話に具体的に入っていきますから、イエスさまが最後の方に語った話です。このタイミングで、主人が旅立つ話をします。主人が長い旅に出る前に、僕を呼び自分の財産を預けます。力に応じて預けたといいます。ある者には5タラントン、ある者には2タラントン、ある者には1タラントン預けます。かなり日がたってから、主人が再び戻ってくる。僕を呼び出し、報告を受けます。5タラントン預けたものは、それをもとでに更に5タラントンも受けたといいます。2タラントン預けたものは、2タラントン儲けたといいます。しかし、1タラントン預けたものは、主人をおそれ、失敗することを恐れ、地下に埋めていたといいます。すると主人は怒る、

怠け者の悪い僕だ。私をおそれるなら、銀行にでも預けておけばよかったじゃないか、そうそれば利息が付くのに。そう言ってその1タラントンを10タラントン持っている人に上げ、この僕を外に放り出したといいます。
このたとえ話には思い当たることがいくつもあります。持っている人は更に与えられるといいます。忙しい人のところには、さらに仕事が来るものです。信頼ができ、評判がいいからです。あと、ここで思うことは、この世界は不平等だということです。持って生まれた才能のある人と、ない人が歴然としている。恵まれている人と、恵まれていない人もはっきりと存在します。恵まれている人は更に恵まれ、恵まれていない人は、その小さな恵みも取り上げられる、そんな気がします。でも、ある人が言ってた言葉で、そうだなあと思った言葉があって、あなたがあの人恵まれているなあ、と思っている人って案外とても努力している。運で恵まれているわけではなかったりします。
そしてとくに初めて聖書を読んだこと、この話を聞いて一番心寄せてしまうのは、1タラントもらって地下に埋めてしまった人。失敗を恐れ、主人をおそれて、地下に保管して何もしなかった人。これが自分だと大概思います。ある牧師は言います。実は、この感覚は忘れてはいけないと。この僕は、きちんと主人をおそれている。しかし、その恐れは、恐怖から来る恐れです。神さまが求めているのは、畏怖の念、畏れ敬う思いです。1タラントンって、1だから、少ないという印象を持ちますが、普通の人の年収の20倍くらいだといいます。20年分の年収です。主人は、この僕に、その力があると信じて託していった自分の財産です。畏れつつも尊敬の念をもって、託されたものを大いに生かすべきでした。この主人の願いは、帰って来た時に一緒に喜ぶことでした。
私たち生まれたとき、何も持たず、何もできずに生まれてきました。私たちの持っているものは、全て与えられたものです。神さまに託されたもの。自分の人生が終わった後、神さまと共にあなたの人生を振り返るのかもしれません。たくさんの失敗も、いくつもの後悔もあるかもしれません。でも、その時はそれがその時の自分の力だったと振り返ることができるものもあるかもしれません。しかし、今神さまが問いかけているのは、やらなかった後悔、試さなかった後悔です。決まったことをしていると、安心です。でも、以前感じていた緊張感を懐かしく感じることがある。
言い尽くされた言葉ではありますが、これからの人生を考えると、今が一番若い。神さまは言います。私があなたを信じて託したものをすべて使って、生き尽くしてください。思う存分生きてください。それが主人の願いです。人生は一度きりです。恐れすぎずに、生きてください。