No.35

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう

〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。

〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2021年1月3日  主の顕現

マタイ福音書2章1~12節 「 希望 」 吉田 達臣

2:1 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、 2:2 言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」 2:3 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。 2:4 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。 2:5 彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
2:6 『ユダの地、ベツレヘムよ、
お前はユダの指導者たちの中で
決していちばん小さいものではない。
お前から指導者が現れ、
わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
2:7 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。 2:8 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。 2:9 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。 2:10 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。 2:11 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。 2:12 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。

  ヤコブの手紙4章の終わりに、こんな話が出てきます。今日か明日、あそこの町へ行って一年間滞在し商売をしてお金を儲けよう、という人たちに対し、ヤコブは、あなたの命はどうなるか分からない。あなたがたは、「御心であれば、生きながらえてあの事やこのことをしよう」というべきではないか、そう書いてあります。
 まさに、2020年という年は、そのことを思い知らされた年でした。人間がいくら計画を綿密に立てたとしても、それですべてが自由になるわけではないことがよく分かりました。
 年が変わり、少しは気持ちも切り替わった、という人もいると思いますが、やはりいつもの年のように、明けましておめでとう、今年はこんな一年にしたい、と無邪気には言えない気分です。ワクチンが出回り始めたと聞く一方で、第三波が、第一波や第二波より大きいとか、変異種が現れたと聞くと、まだまだ先は長いのかとも思ってしまいます。
 今日は以前の言い方でいえば、顕現主日、主の顕現です。イエスさまが世に姿を現していく姿を覚える季節です。今日の箇所は、東の国の博士たち、占星術の学者たちの話です。東の国がどこなのかは、はっきりとは言えませんが、ペルシャ、メソポタミア地方のあたりだと言われています。その地方は、天文学も盛んで、農業や政治にも助言していた人たちではないかと言われています。
 その博士たちが、普通ではない星を見つけたのでしょう。ユダヤの国で、新しい王、メシアが生まれたことを示す、星を見つけたようです。博士たちは、一目拝もうと、ユダヤの国までやってきます。しかし、ユダヤの国のどこにいるのかが分からない。
 学問というものは、とても役に立つものです。いつもの年であれば、幼稚園が冬休みの時期は、研修の時期です。今年は、軒並み中止になってしまいましたが、研修で教わることは多い。とても参考になります。しかし、研修を受けたからと言って、全ての子どもが理解できるわけではありません。子どもたちは、驚くほどに一人ひとり違います。研修で聞いたことを参考にしながら関わることで、大きく変化していく子供もいれば、同じようにしたのに、問題が解決しない場合もある。そこから必ず試行錯誤が必要になります。
 博士たちは、とりあえず首都のエルサレムで探し回ったようです。すると、生まれたばかりの新しい王、メシアを探し回っている人たちがいるということが、恐らく噂になったのでしょう。時の王様である、ヘロデ王のところに、赤ちゃんが生まれていたのなら、次の王様になるその赤ちゃんが、メシアとなるべく生まれた存在でしょう。しかし、この時ヘロデには子供は生まれていませんから、ヘロデにとっては、自分の王座を奪う存在が生まれたことを意味します。エルサレムの人たちにとっても、王朝の移行、政変の予兆が生まれたことになり、ヘロデ王も、エルサレムの人たちも、不安を抱いたといいます。
 ヘロデ王は、その博士たちを秘かに呼び寄せ、メシアを見つけたら、自分も拝みに行きたいから、居場所を知らせるように言います。
 博士たちは、この先どう探したらよいか、途方に暮れたことでしょう。すると、東方で見たその星が先立って進み、イエスさまのいる場所で止まったといいます。博士たちは喜びにあふれたといいます。とても意外な場所だったと思います。普通の若い夫婦のもとで、馬小屋の飼い葉桶で寝ている乳飲み子です。しかし、博士たちは、喜びの中で、自分の持っている宝をイエスさまにささげます。彼らは、直接イエスさまからの恵みにあずかるということはなかったのかもしれない。しかし、彼らには、この幼子が本当のメシアであるという確信は抱いていたでしょう。未来に希望が与えられたんです。人は、たとえ自分の世代では成し遂げられなかったとしても、未来に希望が与えられれば、人は力を与えられます。博士たちは思ったかもしれません。この馬小屋から、こんな場所から、新しい希望が生まれた。神さまは、どこからでも、希望を紡ぎ出すことがお出来になります。
 私たちの浅はかな知恵では、今年一年に大きな希望は見いだせないかもしれません。しかし、神さまは、どこからでも、希望を生み出すことがお出来になります。私たちの浅知恵であらかじめ、今年を悲観するのではなく、神さまの導きを信じて従い、どこからでも希望を生み出すことのできる神さまの力を信じて、新しい一年を始めていきましょう。