No.41

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう

〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。

〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2021年2月17日  灰の水曜日

マタイ福音書6章1~6節 16~21節 「 天に積む富 」 吉田 達臣

6:1 見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。2 だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。3 施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。4 あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」
 6:5 「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。6 だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
6:16 「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。17 あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。18 それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」
 6:19 「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。20 富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。21 あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

 今日が灰の水曜日で、今日から四旬節、受難節に入ります。日曜日を除いた40日後に復活祭、イースターを迎えます。40日という期間は、イエスさまが洗礼を受けた後、40日40夜、荒野で過ごしたことから来ているのでしょう。40日とは、不思議な期間で、ずっとやりなさい、一年中やりなさい、と言われるととてもできないが、期間限定でこれをがんばってみなさい、と言われた時、その期間が40日と言われると、その期間ならがんばれる気もするが、でも決して勢いで過ぎるほど短くはありません。
 教会には、伝統的に、この期間の過ごし方があって、この四旬節の間、自分の好きなものを我慢する。人によっては、お酒やたばこ、お菓子など。本来は、それに使っていただろうお金を、教会に献金するとか、困っている人に寄付するとか、そのように使う。人によっては、土曜日の夕食を抜き、その食事代を教会のため、あるいは人のために使う。しかも、そのような行為をだれにも言わずにやっていく。そんなことは全くしていないように振る舞いながらしていく。
 なぜそんなことをするのか、そうしないと天罰が降るのか、決してそんなことはありません。何もしなくても、裁かれることはないんです。しかし、その働きには、ボンフェッファーの言葉を借りれば、高価な恵みがある。救いの恵みは無償の恵み、でも聖書には、高価な恵みがあるといいます。それは決して簡単ではないが、その苦労をするくらいの高価な恵みが約束されているとボンヘッファーは言います。キリストから受ける恵みではなく、キリストに従うものに与えられる恵みです。人を愛するものに与えられる恵みです。
 もっと聖書の言葉をそのまま使うなら、天に積む富です。誰にも知らせずに人のために祈り、だれにも知られずに一食抜いて、困っている人に差し出す。信仰とは、決して聖書を読んで理解して分かる。本を読んで理解して分かる、ということばかりではありません。それをしたものにだけ感じられるものがあります。
 マザーテレサがある講演で、
 私はあなたが捨てようとしているものは欲しくありません。余っているものをくださいとは言いません。私は、心からの痛みを覚える程のものを望んでいるのです。先日ある男性から15ドル受け取りました。彼は20年間病に伏し、唯一の楽しみは、1日数本のたばこを吸うことでした。彼は私にいました。私は一週間タバコを吸うのを我慢しました。その分のお金をあなたに贈ります。わたしは彼が送ってくれたお金で、パンを買い、飢えていた人たちに与えました。これは与える側にも、受ける側にも大きな喜びになります。お互いに愛を分かち合えることは、神さまからの贈り物なのです。
 40日間、短くもあり、長くもあるこの期間、天に富を積んでみましょう。それは虫が食うことも、錆びることも、盗まれることもない富だといいます。イエスさまの受難を覚えながら、復活祭を目指して、歩んでいきたいと思います。