No.45

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう

〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。

〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2021年3月10日  四旬節第4主日の日課

ヨハネ福音書3章14~21節 「 ねばならぬ 」 吉田 達臣

3:14 そして、モーセが荒れ野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない。 15 それは、信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである。 16 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 17 神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。 18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。 19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。 20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。 21 しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

 以前精神科医のお医者さんが、病気がよくなることよりも、病気を治そうとすること、患者さんが、良くなろうとするところまでが大変だ、という話を聞いたことがあります。本人が、良くなろうとしさえすれば、半分以上治療は終わっているといいます。
 これを信仰に当てはめて言えば、救われたい、赦されたい、愛されたい、まずそう思うところまで行けば、もう救いは目の前まで来ている。でも、実は難しいのは、救われたいとか、愛されたいとか、そう思えなくなる時が、私たちにはあるということです。
 今日の聖書の箇所は、本当は次の日曜日の日課です。日曜日は、T先生の証しですので、福住でここを語ることにしました。
 今日の箇所は、とても有名な聖句が出てきます。3章16節、「神はそのひとりごをお与えになったほどに世を愛された。ひとりごを信じるものが、一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」という聖句です。ルターが、この聖句は暗唱し、自分に繰り返し語りかけるべき聖句である、と語っています。
 でも、この後の聖句も、必ずしも意味が分かりやすいわけではありませんが、とても印象深い聖句です。

 18 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。 19 光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。 20 悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。

 時々人と話していて感じることがあります。よく人の悪口を言っている人は、人が集まると、人は悪口を言っており、自分も悪口を言われている、そう思っている人が多い。自分が人を裏切る人は、人はみな裏切るものであり、この人もいつ自分を裏切るか分からない、そう思って、周りの人を見ていたりする。世の中、あなたのような人ばかりではないよ、と思うのですが、その人はそうとしか思えなくなっている。自分の闇の行いが、自分の周りに闇を作り、自分の闇の思いが、周りに影を作っていたりします。サングラスをして、世界は暗いと言っている感じです。
 ならば、周りの人を変えることによってではなく、自分が変わることによって、光を招くことができます。人を変えることは難しいが、自分を変える事なら、手が届きそうな気がします。しかし、果たしてそうでしょうか。もちろん他人を変えることは難しいですが、それと変わらないくらい、自分を変えることは難しい。
 この聖書の箇所の本当の福音は、救いや永遠の命が用意されていることではありません。
 冒頭の14節に、モーセが荒野で蛇をあげたように、人の子も上げられねばならない、と書かれています。「ねばならぬ」と書かれています。ある牧師は、神の必然、と言っていました。したい、したくないではなく、やらねばならぬことがある。それは、イエスさまが十字架にかかることです。人の子があげられることです。どうしてしなければならないのか、信じてくれたものが一人も滅びないで、永遠の命を受けるためです。なぜそのようなことをするのか、それは神さまが、この世を愛したからです。福音書の中で、この世という言葉は、必ずしもいい意味で使われているというわけではありません。世は言葉によってなったが、世は言葉を認めなかったと、ヨハネ1章で書かれています。罪深いこの世であるが、その罪深いこの世界を、神さまは愛してしまった。滅ぼしたくない、救いたい、永遠に守りたいと思ってしまった。それでみ子をこの世界に贈り、イエスさまを十字架につける。
 神さまが愛したのは、この世と書かれ、信じるものと書かれていますが、それはあなたのことです。必ずしも良いところばかりではないあなたですが、神さまはあなたを愛し、滅んでほしくないと思った。それで、あなたを十字架のイエスさまを仰ぐように導いたんです。本当の福音は、神さまがあなたを愛し、あなたに滅んでほしくないと願ったことです。私たちは、自分で自分を変えることはできません。自分を愛してくれる方を知ることによって、生きてほしいと願ってくれる方に出会うことによって、私たちは初めて希望を持ち、光に向かって進むことができます。
 私たちは黙っていると、滅んでもいい、救われなくてもいいとすら、思ってしまうことがあります。でも、滅んではいけない、あなたに居なくならないでほしいと、あなたを愛する神さまが、そう語りかけています。このみ言葉を覚え、何度も自分に語り掛けましょう。そして、このみ言葉と共に、歩み続けましょう。