No.51

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう

〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。

〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2021年4月25日  復活節第四主日

ヨハネ福音書10章11~16節 「 よく知っている人 」 吉田 達臣

10:11 わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。10:12 羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。――狼は羊を奪い、また追い散らす。――10:13 彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである。10:14 わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。10:15 それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。わたしは羊のために命を捨てる。10:16 わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる 10:17 わたしは命を、再び受けるために、捨てる。それゆえ、父はわたしを愛してくださる。10:18 だれもわたしから命を奪い取ることはできない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもでき、それを再び受けることもできる。これは、わたしが父から受けた掟である。

 4月最後の日曜日になりました。今年度に入って、私にとって、大きく変わったことがあります。それは、毎日札幌ルーテル幼稚園に行くようになったことです。今までは、週に一回、月曜日の礼拝がある日にだけ行っていました。今は、朝の先生方のお祈りと、子どもたちが自由に遊んでいる時間帯まで、毎日行っています。なかなか覚えられなかった子どもたちの名前も、今は少しずつ覚えられていっています。入園当初、お母さんと離れ、幼稚園に来た時から、帰るまでほとんど泣いている子もいましたが、そういう子も少しずつ少なくなっています。不思議なことに、私を気に入ってくれて、泣いていた子が、私と一緒だと、少し落ち着いて遊んでくれる子もいます。一緒に遊んだり、何かが一緒にできたり、お母さんを思い出してまた泣き出したり、一緒の時間を過ごしていくと、少しずつ他人じゃなくなっていきます。よく知り合えば、知り合うほど、その人に対する気持ちは強くなっていきます。
 病気になった人、困難を抱えている人、全ての人に対して、何か力になれればとは思います。でも、やはり、よく知っている人が病気になったり、大変なことになっていたりすると、心配な思いは圧倒的に違います。幼稚園に携わってきて、よく分かることは、手のかかる子ほどかわいい、というのは本当にあるということです。散々手がかかって、苦労させられながらも、その子が卒園すると寂しかったりします。ましてや、急に転園するとなると、覚悟ができていない分、こんなに寂しいと感じている自分に驚くこともあります。たくさん濃密な時間を過ごし、思い出深い子になる。人を愛するって、不思議なもので、愛は大事だと説かれるより、その人によく関わっていると、自然と生まれたりします。
 今日は復活節第四主日、良い羊飼いの主日とも言われるそうです。イエスさまは言います。私は良い羊飼いである。どういう意味で、良い羊飼いなのか。私は羊を知っており、羊も私を知っている、と言います。お互いによく知っているといいます。私たちにとって、羊飼いは身近な仕事ではありません。色々調べていて、以前すごく驚いたことは、羊飼いは、羊の名を呼ぶといいます。何を意味しているかというと、羊の見分けがつくということです。親が双子の見分けがつくように、羊飼いは羊を見分けます。おそらく、こいつはこんな性格で、以前逃げ出したこともあってとか、幼稚園の先生が、それぞれの子どもたちに、いろんな思いを持っているように、羊飼いは、一匹一匹の羊に、それぞれの思い入れがあります。いや、ただ、全体的にうまくやればいいと、そんなに一匹一匹に思い入れを持っていない羊飼いも中にはいるのでしょうが、イエスさまは言う、私は良い羊飼いであると。羊とお互いによく知り合っているという意味の良い羊飼いであると。羊の方が、羊飼いのことをどれだけ理解しているかは分かりません。ただ、この羊飼いは信用できる、この人は最終的に自分を良いほうへ導き、大変な時には守ってくれる、それくらいの判断はついており、信頼できる羊飼いの声は、聞き分けることはできる。
 雇われ人の羊飼いは、いざとなったら逃げるといいます。本当に自分のもの、本当の飼い主ではなく、管理の仕事を任されたもの、そういう感覚なんだと思います。でもイエスさまは違う。羊のことを本当の仲間、本当の家族、自分の一部であると思っている。だから、いざとなれば、自分の命も捨てるといいます。
 人はその人とどれだけ深く関わっているかで、思いが変わっていきます。やはりよく知っている人が病気だと、とても心配になる。命までは捨てられなくても、自分にできることがあれば、したいと思います。自分の子どもであれば、命も捨てるだろうと思います。
 イエスさまはこう言っているのです。あなたが思っているより、神さまは、あなたのことをよく知っている。あなたが思っているより、あなたに深く関わっている。あなたは教会に来る前から祈っていたし、その祈りにもこたえてきた。教会に来る前から、あなたを導いてきたし、あなたを守ってきた。そしてこれからも守る。私はあなたのことをよく知っている。あなたがとてもいい子だったというわけではない。手のかかるほどかわいい、そういう類かもしれない。私はあなたと深く関わってきた。あなたは、私の大事な羊です。イエスさまはそう言われます。イエスさまの守りと、良い導きを信じて、新しい一週間を始めましょう。