No.55

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう
〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。
〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2021年5月23日  聖霊降臨祭

第一日課 使徒言行録2章1~21節 第二日課 ローマ8章22~27節
ヨハネ福音書16章4~15節 「 愛は負けない 」 吉田 達臣

15:26 わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。27 あなたがたも、初めからわたしと一緒にいたのだから、証しをするのである。

16:4 「初めからこれらのことを言わなかったのは、わたしがあなたがたと一緒にいたからである。5 今わたしは、わたしをお遣わしになった方のもとに行こうとしているが、あなたがたはだれも、『どこへ行くのか』と尋ねない。6 むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。7 しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。8 その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。9 罪についてとは、彼らがわたしを信じないこと、10 義についてとは、わたしが父のもとに行き、あなたがたがもはやわたしを見なくなること、11 また、裁きについてとは、この世の支配者が断罪されることである。12 言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。13 しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。14 その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。15 父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。」

 先週キング牧師に関する本を読みました。公民権運動、差別されていた黒人の権利の取得を、非暴力、暴力を使わない方法で勝ち取っていく運動をリードした牧師です。改めて学んでみて、知らないことがいくつもありました。非暴力というのは、もちろんガンジーにも影響を受けているのですが、聖書の教え、愛なる神の教えに強い影響を受けている。ガンジーの教え自体も、愛と人間の持つ良心への信頼が元になっています。正義を貫くこと、愛こそが正義なので、愛を貫くこと。そこには大きな力がある。正義を貫けないとき、味方の中に不信が起こる。愛を貫くとき、第三者の人たちが巻き込まれ、応援し味方してくれる。愛を貫くとき、相手の方に動揺や痛みが出てくる。非暴力や愛は、理想を追いかけているのではなく、この世界が愛なる神に造られていることへの信頼に基づいた戦略です。ただ、学んでいくと、それを実践することはとても大変であることも教えられます。教会がいくつも爆破される。極端な白人至上主義者に、黒人の少女が何人も殺されたりもする。それでもやり返さない。それでも愛そうとする、ということに、もうついて行けない、という人の気持ちもよく分かる。そして最終的には、ガンジーもそうですが、キング牧師自体が暗殺されていきます。
 今日の福音書で、イエスさまは弟子たちに、「あなたがたは誰も、『どこへ行くのかとたずねない』と書かれています。この箇所は、最後の晩餐。イエスさまが十字架にかかる前夜です。イエスさまは、その席で、自分がもうすぐ世を去ることを話していく。最初のうちは、トマスなどが、どこへ行くのかと尋ねていましたが、もはやイエスさまが世を去ること、そして使徒たちも迫害されることを確信をもって言い渡される。失望と悲しみの中で、もはや誰も尋ねるものはいない。6節から

 6 むしろ、わたしがこれらのことを話したので、あなたがたの心は悲しみで満たされている。7 しかし、実を言うと、わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る

 弁護者と書かれていますが、口語訳の聖書では「助け主」と訳されていました。ルター訳の聖書では、「慰めるもの」と訳されています。元のギリシャ語ではパラクレートス。今日は聖霊降臨祭です。パラクレートスは、聖霊を意味している。聖霊の役割は、イエスさまを思い起こさせること、加えて、弁護者であり、助け主であり、慰めるものです。一つの訳を選ぶ必要はありません。全部の意味を聞いて、総合的に考えればいい。弁護者、助け主、慰めるもの、一つ共通していることがあります。困った時にしか、来ないものです。弁護者といいますから、自分の罪、自分の弱さに直面して、落ち込んだ時に来るもの。もはや祈ることもできず、うめくことしかできないようなときに来るものです。
 キング牧師、ガンジーも、暗殺されます。二人とも晩年は孤独だったといいます。キング牧師は、ベトナム戦争に反対したからだと言われています。ガンジーはイスラム教徒と融和しようとし続けたからだといいます。加えて、もうついて行けない、という思いの人もいたようです。もし、私も身近にいたら、殺そうとは思わなかったと思いますが、ついて行けないという気持ちになり、逃げだしていたかもしれないと思います。でも、そこで暗殺の知らせを聞いたら、それでも敵を憎もうとしなかったキング牧師の姿を聞いたら、逃げ出した自分にすごく落ち込んだと思います。最後まで、愛を貫く人についていけなかったことに、とても深い後悔をすると思います。そして、少しでも何かできないかと、もう一度その人の後を追いかける気がします。
 愛は、瞬く間にすべてのものを変えていく力はないのかもしれません。でも、行きつ戻りつしながらも、ゆっくりと必ず前へ進んでいく。それは、この世界が、愛なる神に造られた世界だからです。
 私たちは、これからも、自分の愛の小ささに躓きます。でも、必ず神さまは聖霊を送り、あなたを弁護士、助け、慰め、もう一度愛に立ち上がる力を与えてくれます。愛は勝つとは言いませんが、愛は負けない。聖霊に導かれ、聖霊に背中を押されて、新しい一週間を始めましょう。

〇 神さまにお祈りしましょう
〇 よく合う讃美歌  教会賛美歌 118番「きたりたまえ」
                 119番「かみのれいよ」