No.104

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう
〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。
〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2022年5月8日 復活節第4主日

ヨハネ福音書10章22~30節 「 本物の救い主 」 吉田 達臣

10:22 そのころ、エルサレムで神殿奉献記念祭が行われた。冬であった。 23 イエスは、神殿の境内でソロモンの回廊を歩いておられた。 24 すると、ユダヤ人たちがイエスを取り囲んで言った。「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」 25 イエスは答えられた。「わたしは言ったが、あなたたちは信じない。わたしが父の名によって行う業が、わたしについて証しをしている。 26 しかし、あなたたちは信じない。わたしの羊ではないからである。 27 わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。 28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。 29 わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。 30 わたしと父とは一つである。」

 奏楽の方に頼んで、今日の初めの讃美歌を453番に変えてもらいました。皆さんも聞き覚えがあると思います。表彰式などに聞く音楽です。初めから讃美歌として書かれた曲ではありませんが、初めから宗教音楽、聖書に関わる曲として書かれました。作曲者は、ヘンデルです。元の題は、ユダス・マカベウスというオラトリオに出てくる、「勇者は帰る」という曲です。ユダス・マカベウスというのは、続編聖書のマカバイ記に出てくるユダ・マカバイのことです。当時のイスラエルは、ローマからの支配の前で、ギリシャ系マケドニア王朝に支配されていました。ギリシャの支配は、ローマの支配より厳しかったと言われています。エルサレムは一時的に完全に陥落し、占拠されました。エルサレムの神殿の内部は破壊され、ギリシャ神話の神であるゼウスの像が置かれました。しかし、このギリシャの支配を押し返し、神殿を奪還したのが、ユダ・マカバイでした。この奪還を祝う祭が、今日の22節に出てくる、神殿奉献記念祭です。宮きよめの祭りとも言われています。エジプトから独立したことを祝う、過越の祭りも、独立の機運が高まりますが、この神殿奉献記念祭も、同様に、独立の機運が高まる祭でしょう。ユダヤ人がイエスさまを取り囲んで、「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」そう問い詰めています。イエスさまは、もう答えているし、私の行う業が、それを証ししていると言います。羊は、本当の羊飼いの声を聞き分ける。あなたがたが信じられないのは、神さまが私に与えてくれた羊ではないからだと言います。
 イエスさまと直接会っているのに、なんでこの人たちは分からないのだろう、という思いを持ちます。ただ、私たちは十字架と復活をあらかじめ知っていますし、イエスさまの教えが、この後世界中に広まり、2000年も続いてくことを私たちはすでに知っています。条件は同じとは言えません。とは言っても、日本ではキリスト者は少数です。イエスさまが救い主である、そう信じることは、決して当たり前のことでも、簡単なことでもなく、やはり不思議なことです。
 イエスさまは言います。私は良い羊飼いであると。雇われ人の羊飼いは、オオカミが襲ってくると逃げる。しかし、本当の羊飼いは、羊のために命を懸ける。私の前に来た羊飼いは、盗人であり、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりする。しかしイエスさまは、羊が命を受けるため、それも豊かに受けるために来たと言います。
 羊は、本当の羊飼いの声を聞き分けると言います。声を聞き分ける。少し理屈を超えて、この方は本物であり、この方は本当に命を懸けて救ってくれる方だと、分かる人には分かると言います。
 イエスさまは、ユダ・マカバイのように戦争で何かを奪い返した方ではありません。英雄として死んでいった人でもありません。人間が勝手に期待し、勝手に想像する救世主とは少し違います。歩けない人を歩けるようにし、目の見えない人をみえるようにし、罪人を赦し、パンを分かち合った方です。小さなものを軽んじてはいけないと教える方です。敵を愛しなさいと教える方です。最後の掟として、私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい、そう言い残していった方です。最後まで罪人と共に歩み、罪人として鞭打たれ、十字架に架けられていった方です。

27 わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。28 わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、だれも彼らをわたしの手から奪うことはできない。29 わたしの父がわたしにくださったものは、すべてのものより偉大であり、だれも父の手から奪うことはできない。 30 わたしと父とは一つである。」

 盗人のような宗教もあります。というより、教会も、イエスさまの教えを神さまの御旨を離れれば、盗人のようになる危険があります。しかし、教会にどんなことがあっても、イエスさまは本物の救い主です。イエスさまに託された羊は、誰もイエスさまの手から奪うことはできないと言います。殴られる救い主です。十字架に架けられながら、許しを祈り続ける救い主です。イエスさまの声に心動かされたなら、最後までイエスさまを信じ、イエスさまに従っていきましょう。