No.117

個人で礼拝を守るにあたって

〇 黙想をし、心を鎮め、聞く思いを整えて始めましょう
〇 ざんげをし、憐れみと愛を慕いもとめる思いを持ってみ言葉を聞きましょう。
〇 この原稿にも聖書本文が記されていますが、できれば自分の聖書を開き、必要な時に前後の聖書の流れを見られるようにしておきましょう。

2022年8月7日 平和主日

ヨハネ福音書15章9~12節 「 愛は広がる 」 吉田 達臣

 9 父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。10 わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。11 これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。 12 わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。

 

 今日の主日は平和主日です。8月の主日の中に平和主日が与えられています。今年はとりわけ、戦争について、平和について考えさせられる年です。誰もが平和を願いながら、なぜ戦争は起きてしまうのだろうと思わされます。そして、自分自身、平和のためにできることがあるのだろうかとも考えさせられます。
 戦争を起こす人は、自分とはかけ離れた頭のおかしな人だと、感じることもあります。しかし、今日与えられている日課は、最後の晩餐の場面で、イエスさまが弟子たちに最後に言い残していった言葉です。

 父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛してきた。私の愛に留まりなさい。私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。

 そう教える場面です。誰もが、アーメンと唱えられるみ言葉だと思います。たとえキリスト者ではなくても、互いに愛し合うこと、それが悪いことだという人はめったにいないと思います。それにもかかわらず、互いに愛し合うことが実は簡単ではないことも知っています。私たちは家族や友人と、決して望んでいないのに、喧嘩をすることがあります。誰もが平和を望んでいながら、自分の方が正しいと争い合い、時には意地になって矛を収められなくなる時もあります。戦争と似ている気がします。
 マザーテレサの言葉ですが、世界の平和は、家庭の平和から生まれると言います。確かにそうだと思いながら、どこか耳が痛い、家庭の平和も、それほど簡単ではないからです。
 でも、ここにこそ可能性がある。私たちが平和のためにできる道があります。キリスト者とは、自分が欠けあるものであること、自分も罪人であることを受け入れたものです。イエスさまが、十字架の出来事で、弟子たちに最後に教えていったことは、自分もまぎれもなく弱い者であり、罪人であることを体感させることでした。聖書に従えば、人は我慢で人を赦すことはできません。あっても限界が来ます。ヨハネ8章で、罪深い女が赦されるのは、イエスさまに罪のない人が石をぶつけるように言われた時、全ての人が自分も罪人であることを思い出したからです。自分も随分とゆるされながら生きてきたことを思い出したからです。私たちは許されたものだから許す。助けられたものだから助ける。私たちは愛されたものだから愛することができます。どうやら愛は、一つのところにとどまっているのではなく、次なる隣人に広がっていく。
 先週戦争について学んでいると、どうも人間の意地になる、という性質が、戦争を起こさせたり、長引かせたりする大きな原因の一つになっていることに気付きました。私たちの喧嘩もそうかもしれません。この意地になるという性質を自分から全くなくしてしまうことはできないでしょう。でも、少し抑えることができるとしたら、この性質を自覚していることでしょう。あれ、自分こそ正義だと大きな声で言っているけど、また自分の悪い癖が出ているのではないか、また意地になっているだけではないか、自覚できたら、少しだけ抑えられるかもしれません。
 私たちは、全く罪を犯さずに生きていくことはできませんが、罪人であることを自覚することで、少しだけ抑えることができるかもしれません。私たちはしばしば、互いに足を洗い合うことも、自分が罪人であることも、忘れてしまうものです。だからこそ、それを思い起こすために、なるべくイエスさまのことを思い出せる機会を作っていくことです。自分がイエスさまに愛され、イエスさまに赦されていることを思い出すことです。そしてまた失敗したけど、やっぱりまた悔い改めて、また互いに愛し合おうとすることです。

 父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛してきた。私の愛に留まりなさい。私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。

 愛は一つのところにとどまっているのではなく、広がっていくものです。何度失敗しても、もう一度悔い改めて、もう一度愛し合おうとする。そうすれば、以前よりは、この世界に愛が増えていきます。以前よりも、憎しみより、愛のほうが増えていきます。きっとその先に平和があります。また悔い改めて、改めて、互いに愛し合っていきましょう。