202416日 聖霊降臨後第4主日

                  マルコ福音書4章26~34節 「 バイバイン 」 

4:26 また、イエスは言われた。「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、 27 夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。 28 土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。 29 実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」 30 更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。 31 それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、 32 蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」 33 イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。 34 たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

  読んでもいませんし、買ってもいない本のタイトルなんですけど、「宇宙は栗まんじゅうで滅びるか」という本があります。ピンとこない人がほとんどだと思います。元になっているのはドラえもんの話で、のび太が栗まんじゅうを食べようとしているんですけど、食べるとなくなってしまう、と言って食べるのを躊躇しているんです。そしたらドラえもんが、「バイバイン」という道具を出してくれるんです。栗まんじゅうのバイバインを一滴たらすと、5分ごとに倍に増えるんです。5分で2個に、10分で4個に、15分で8個に。のび太は、無くならないように、残しながら食べるのですが、だんだんお腹が一杯になって食べられなくなって1個残るんです。ジャイアンやスネ夫もつれてきて、何とか食べ切ろうとするんですけど、みんなお腹いっぱいになって1個残るんです。それがバイバイに増えていって、計算上1時間で4096個になるんです。2時間で、1677万個に増えるんです。2時間15分で1億個を越えるんです。それでどうしようもなくなって、ドラえもんが、その栗まんじゅうをロケットに乗せて宇宙に捨てる、今でも宇宙では栗まんじゅうがバイバイに増えている、という話なんです。それが元になって「宇宙は栗まんじゅうで滅びるか」という本で、実際にあったら、という思考実験の本らしいんです。
 ただ、その本のタイトルを見て、ドラえもんの話を思い出したら、バイバインすごくない、と思いました。バイバインが本当にあって、うまくコントロールして使えたら、かなりの問題解決できると思いました。食糧問題、エネルギー問題、環境問題。バイバイン発明できたら、史上最高の発明でしょう。でも、5分でモノが倍に増えるって、物理的にあり得ない、とも思いました。でも、そうでもないかな、とも思います。
 もちろん5分で倍に増えるわけではないですけど、もう少し時間をかけて増えていくものがあります。それは生命、生き物です。5分で増えるわけではありませんし、倍々で増えていくわけでもありませんが、聖書にも書いてある通り、一粒の種が実ると100倍の実をつけるものもあります。
 今日の福音書の話は、成長する種の話ですが、実は成長って、すごく神秘的なことです。見た目は石粒と変わらないような種ですが、種の中には命があります。あの種はきちんと季節に合わせて芽を出し、大きく成長して大きな木になるものもあります。たくさんの種を造り出します。命あるものしか、成長もしなければ、自発的に増えていったりはしません。
 先日ある方が、体に悪いところがあるが、開腹手術は体に負担がかかるのでできないが、内視鏡ならできるかもしれない、という話を聞きました。切った傷がふさがる、もちろん縫った方が、傷は治りやすい。でも、傷がふさがる、というのは、とても不思議なもので、体力がないとなかなかふさがらないこともあります。だから縫ってくれたお医者さんが治してくれた、とだけは言い切れないところがある。自分で治した、というのも少しおかしい。傷がふさがる、というのは不思議なことです。命がなくなると、傷をふさぐ力がなくなります。成長も不思議です。成長が早く止まってしまう病気があります。今のところ、良い薬はないようですが、将来見つかるかもしれません。でも、今研究している人は思っていると思います。「成長って不思議だな」と。

今日の聖書の箇所で、夜昼寝起きをしているうちに種は芽を出して成長する、と書いてあります。ユダヤの日付変更点は、日没です。日没から新しい一日が始まります。夜寝ている間にも、種は成長します。人間も確かに手をかけますが、それは大いなる神秘的な営みに、ほんの少し手を加えて増えやすくしているだけです。畑を耕し、栄養もあげる、周りの雑草を抜いたら、成長しやすい、圧倒的な神秘的な営みに、ほんの少し人間が手を加えているだけです。農家で働いていたことがありますけど、わりと大きな畑を三日くらいかけて雑草抜いても、三日前に抜いたところに、また雑草が生え始めています。雑草って、人間の主観で、雑草って言ってるけど、食べられるかどうかで、人間が判断しているだけかもしれません。雑草って、バイバインみたいに増えます。人間が人間の力で、傷口を治したり、作物を作っている、と言っていますが、本当でしょうか。
 宗教改革のころ、当時のカトリック教会は、救いは99%神の恵みだが、1%は人間の行いだと言っていました。でも、結局は、人間同士で、その1%をした人としていない人で、裁きあったりします。そしてそのうちに、1%のところばかりに焦点を当てて、99%の神の恵みを忘れてしまいます。ルターは恵みのみ、と言って宗教改革を起こしていきます。
 人間は何もしていないとは言いませんが、この世界は圧倒的に神秘的な世界です。人間にとって圧倒的に恵まれた世界です。人間同士、50歩100歩で争い合うのではなく、神さまの恵みに感謝しましょう。すべての思い煩いは主に委ねて、この世の道を歩みましょう。


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