202520日 聖霊降臨後第6主日

                 ルカ福音書10章38~42節 「 必要なことを 」 

10:38 一行が歩いて行くうち、イエスはある村にお入りになった。すると、マルタという女が、イエスを家に迎え入れた。 39 彼女にはマリアという姉妹がいた。マリアは主の足もとに座って、その話に聞き入っていた。10:40 マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」 41 主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。 42 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

  今日の箇所は、マルタとマリアの話です。とても感動的な話、というわけではありませんが、なぜか多くの人の記憶に残る話です。恐らく、似たような場面を経験しているからでしょう。
 マルタは家にイエスさまを招き入れました。マルタはイエスさまをもてなすためにせわしなく立ち働いていたといいます。妹のマリアは、主の足元に座って、その話を聞き入っていたといいます。するとマルタは、自分だけにもてなしをさせているマリアをどう思うか、手伝うように言ってくれといいます。するとイエスさまは、マルタに向かって、

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。 42 しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」

 そういったという話です。これはせわしなく立ち働くより、み言葉を聴くことの大切さが語られているといわれることがあります。しかし、恐らくそんな単純な話ではないでしょう。この直前の箇所は、善きサマリア人の話です。頭でわかっていることより、それを実行することの大切さが語られています。その前の箇所は、72人の弟子を派遣する話です。何も持たずに、体当たりでぶつかってきなさい、そういう実践の大切さの話でもあります。
 この個所での本当の問題は、イエスさまがマリアに告げた如く、マルタが多くのことに思い悩み、心を乱していることでしょう。マルタは何に思い悩んだのでしょう。
 マルタはおそらく、イエスさまが家に来てくれた嬉しさがあり、もてなしたいという思いがあったでしょう。それと同時に、イエスさまがマルタの存在なんか忘れているように、マリアに熱心に話している姿に、嫉妬を覚えたかもしれません。マリアが話を聞き入っている姿を見て、私もイエスさまの話を聞きたいのに、そんな思いもあったでしょう。わたしたちがマルタに思いを重ねるのは、いつも自分ばかりに損な役回りが巡ってくる、そんな思いがあるからかもしれません。
 ある人に聞くと、機会は大体平等だとしても、人は自分が損な役回りが巡ってきたときのことの方を、強く記憶しているといいます。だから、自分はいつも損な役回りばかり回ってくる、そんな印象になるといわれることがあります。しかし、実際に損な役回りを担っている人も、決して神さからの愛が少ないわけではありません。なぜなら、天からこれは私の愛する子、という声をかけられたイエスさまこそ、一番損な役割を担った方、十字架を担った方だからです。
 イエスさまの中には、マルタあなたのことは決して忘れていない、重荷を担ってくれるものは、私に従ってくれるものである、そんな思いがあったかもしれません。ここで「多くのことに思い悩み」と訳されている単語は、口語訳では、「多くのことに心を配り」と訳されています。辞書を引いていくと、こんな意味もあるのかと思いましたが、フリガナが振ってあって、私の読み間違いに気づきました。正解から言えば、「こころくばり」と書いてあったのですが、初め読んだとき「しんぱい」という意味だと思いました。でも、新共同訳聖書では、「思い悩み」と訳されているので、あながち間違いではありません。マルタマルタ、心配しすぎだよ。イエスさまはそんな気持ちで、マルタに語り掛けたのかもしれません。あなたの働きはきちんとわかっている。ただ、人間がとるべき行動は、一つしか選べない。その時その時、一つの必要なことしか、人は選べない。マリアにとって、イエスさまの話を聞くことは、今のマリアにとって「必要なこと」なんだ。必要を辞書で調べると、欠くことのできないこと、なくてはならぬこと、そう書かれています。この時のマリアにどんな事情があったのかは分かりません。たまにマリアをおっとりした女性、と言われることがありますが、300デナリオンの香油をイエスさまに注ぎ、それを自分の髪で拭った女性です。決しておっとりした人ではないでしょう。どんな事情があったか、この時のマリアは、イエスさまの言葉を聴く必要があった、それを取り上げてはいけないといいます。
 マルタ心配しすぎるな。あなたの働きは、きちんと覚えている。それぞれが必要なことをしてくれている。
 わたしたちもできることは限られています。それで構わないのだと思います。その時その時、必要なことを一つだけ選んで、神さまに仕えていきたいと思います。

トップ